20160309北日本新聞より抜粋「とやま防災総点検」(中)
とやま防災総点検・東日本大震災5年(中)津波/6市町避難計画なし
■高くないがすぐ来る
地震発生から最短で22分後に大きな波が街を襲った。2011年の東日本大震災。岩手県宮古市では、斜面をさかのぼった津波が約40メートルの高さの地点にまで達した。岩手、宮城、福島の3県を中心に計535平方キロメートルが浸水し、12万棟が全壊した。
富山を含む日本海側でも津波が起こる可能性はある。ただ地震発生のメカニズムが違うため、特徴が異なる。簡単に言えば「東日本大震災ほど高くないが、すぐ来る」。県や政府の推計によると波は最高でも7メートル台だが、沿岸9市町のうち8市町で5分以内に到達する。
県内の沿岸9市町は、県の推計を基に浸水域や避難場所を示したマップを作り、住民に配った。12年からはライフジャケットや海抜表示などの購入を県と共に助成、14年度までに140団体が利用した。県は総合防災訓練で津波を想定するようになった。
しかし、緊急時の対応をまとめた避難計画作りは進んでいない。県によると、完成しているのは高岡、射水、魚津市のみ。政府と県の波の推計値が異なることが大きな要因で、県が16年度に公表する新たな推計を踏まえ、策定は加速するとみられる。
海岸沿いの堤防も減災の鍵を握る。県内の堤防は、「寄り回り波」と呼ばれる富山湾特有の高波を想定する。そのため、津波の想定高よりも堤防が低い所があるほか、津波に耐えられるように強度を上げる補強もされていない。県は「予算には限りがあり、発生頻度を考えると津波対策の優先順位は低くなる」(河川課)と説明する。
海との関わりが深い漁協。静岡など太平洋側では独自に対策を進めるところもあるが、県漁連によると県内に大きな動きはない。氷見漁協や新湊漁協は海難事故を防ぐ講習会はあるが、津波を想定した訓練は行っていないという。
射水市八幡町の新湊漁協。港の敷地内では、高波の波しぶきが堤防を越えていた。「これは高波で打ち上げられたんだよ」。亀島史郎参事(63)は、堤防の陸地側に散らばった空き缶や貝殻を指す。
津波は高波と比べて押し寄せる水の量が多く、威力も強いとされる。「数分で来れば、なすすべがない。近くに高台もなく、2階建ての漁協事務所に逃げるしかない」
県の推計で7・1メートルの津波に襲われるとされた滑川市。市西部の沿岸地域を含む西地区17町内でつくる自治会は毎年、津波を想定した避難訓練を行っている。
沿岸は高波を想定し、3層の消波ブロックと6・8メートルの防波堤がある。滑川西地区安全なまちづくり推進センター会長の民谷文夫さん(77)=緑町=は「津波に堤防が耐えられるのか…。不安は拭えない」。同センター総務の奈倉昇さん(75)=領家町=は「高台がなく、避難場所に困る所もある」と明かす。
地震発生から5分以内に到達する津波に対応できるのか。県防災士会長の小杉邦夫さん(73)は「どこに逃げるか明確にしておくだけでも、緊急時の行動につながる」と強調する。
大震災の時、岩手県宮古市の角力(すもう)浜(はま)地区には大きな防潮堤がなくても、避難路の確認や高台に歩いて逃げる訓練が徹底されていたことから、ほとんどの住民が助かったという。小杉さんは「自主防災組織や町内会ごとにきめ細かい防災計画を立て、地元の実情に合った訓練を続けることが重要だ」と話した。
■ひとくちデータ
【津波の最大の高さと到達時間】(波が高い順)
◇呉羽山断層帯の地震の場合(県推計)
(1)滑川市7.1メートル、2分(2)富山市5.2メートル、1分(3)魚津市4.8メートル、2分
◇富山湾西側の断層の地震の場合(政府推計)
(1)入善町7.5メートル、4分(2)氷見市6.1メートル、3分(3)朝日町4.6メートル、8分
【浸水域】
◇呉羽山断層帯の地震で堤防などが壊れた場合(県推計) 約10.8平方キロメートル
【避難計画が完成していない自治体】
富山市、氷見市、滑川市、黒部市、入善町、朝日町
■取材後記
新湊漁港では高波でさえも恐怖を感じた。同じ高さの津波ならさらに強力というから、その威力は計り知れない。自然を相手に市民レベルでできる対策はわずかかもしれないが、諦めずに考えたい。角力浜の取り組みが良い例だ。避難場所や経路の確認なら誰でもできる。
20160308北日本新聞より抜粋「とやま防災総点検」(上)
とやま防災総点検・東日本大震災5年(上)地震/「人ごと」意識強く
11日で東日本大震災から5年になる。あれほどの災害は富山でも起きるのか、対策の現状はどうか、課題は何か。地震、津波、原子力災害をテーマに、3回にわたって県内の防災体制を総点検する。 (社会部・島津あかね)
■進まぬ補強 保険加入
2011年3月11日午後2時46分、東北地方は最大震度7の激しい揺れに襲われた。マグニチュード(M)は日本最大規模の9・0だった。
その揺れは県広域消防防災センター四季防災館(富山市惣在寺)で体験できる。90秒間のうち、体が飛ばされそうになる震度7ほどの激しい揺れが2回。以降も震度3~4が続き、手すりにつかまらないと立っていられなかった。
強い揺れと富山は無縁ではない。地震が少ない印象だが、活断層は眠っているだけ。県の推定では、呉羽山断層帯の活断層が同時に動けば、M7・4の地震が発生する。
死者は約4300人、負傷者2万1千人。地下に断層面がある射水市沿岸では震度7となり、周辺では地面が割れて水や砂が吹き出す液状化が起こる。30年以内の発生確率は5%だ。
対策の現状を検証してみる。まずは液状化。国土交通省によると県内は沿岸部を中心に液状化しやすい地盤がある。国が管理する河川では対策が施され、富山河川国道事務所は「必要な箇所は終えている」と説明。国道でも工事が進む。
次は建物だ。県の推定では、最悪のケースだと36万棟以上が全半壊する。日本損害保険協会によると、県内の世帯ごとの地震保険加入率は2014年度で19・5%。全国平均よりも低く「大地震は人ごと」との意識が垣間見える。
県内の住宅の耐震化率を調べた。1981年以降に建てられ、耐震化を満たしている住宅は最新の2008年のデータで68%。85%になれば死者は半減するとされるが、17ポイント届いていない。減災のチャンスを逃しているともいえよう。
県は耐震化診断や補強に補助金を出している。大震災直後は利用が増えたものの、14年度に補強で補助を受けたのは18件にとどまる。家ごと改修すれば200万~300万円掛かるだけに、担当者は「お年寄りだけの世帯は、なかなか踏み切れない」(建築住宅課)と説明する。
県内で最も高齢化率が高い朝日町。80歳以上の世帯が全体の半分を占める笹川地区は、地域活性化に力を入れるものの、防災はこれから。自治振興会長の小林茂和さん(68)は「古い家の対策も考えなければならないと分かっているが、みんなに大きな地震は来ないとの思いもある」と語る。
市町村ごとに差がある取り組みもある。自主防災組織の組織率は78%に上るが、高岡市は75・4%、最低の富山市は56・6%。共同通信のアンケートによると独居老人ら要支援者の避難先や支援する人を定める個人計画の作成は、魚津市や氷見市など9市町村は着手もしていない。
県はこれまで、一つの市町村を選んで年1回の総合防災訓練を実施。東日本大震災以降は連携を重視して複数の自治体にまたがる広いエリアで行い、課題の洗い出しにもつなげている。昨年9月は魚津市北鬼江のありそドームをメーン会場に、4市町村の住民らが、震度7の地震を想定し、緊急時の動きを確認した。
メーン会場の地元の道下地区では500人を超える住民が参加。地区の自主防災会長を務める川戸眞二さん(66)=北鬼江=は「迅速に避難所を設けられるか、避難者数が予想を超えたら、夜に発生したら…。課題が見つかって良かった」と振り返りつつ「対策は簡単ではない」。
富山大大学院の竹内章教授(地質学)は、県民には「地震は起こらない」という意識が強いと指摘する。「地震は確率だけで計れず、いつ起きるか分からない。何が起こり得るか危機意識を持ち、対策しなければならない」と警鐘を鳴らす。
■ひとくちデータ
【発生確率】
M7規模は30年以内に5%
【地震保険加入率】
県内19.5% 全国28.8%
【住宅耐震化率】
県内68% 全国79%
【自主防災組織の組織率】 (低い順番)
(1)富山市56.6%(2)高岡市75.4%(3)立山町91.5%
【要支援者の個人計画未着手自治体】
魚津市、氷見市、黒部市、南砺市、上市町、立山町、入善町、朝日町、舟橋村
■取材後記
30年以内の発生確率は5%。ここで高をくくってはいけない。大地震を起こし得る活断層は呉羽山断層帯以外にもあるし、調査が十分でない断層もある。その日がきょう訪れるかもしれないと想像し、備えをすることが防災の第一歩。県民の最大の課題は「人ごと」意識だと思う。
1 2